一般的な決算書分析は小規模事業者に役に立たない
既に世の中には大量の決算書分析・財務分析といった書籍がでています。しかし、私もこれらの本を沢山読みましたが、なぜか中小企業では役に立ちませんでした。
ここでは中小企業、特に10名以下の小規模企業における独特の経営スタイルを踏まえた上で誰でも簡単にできる効果的な決算書分析手法をご紹介いたします。
なお、本件で主張していることは、一般的な決算書分析の手法と企業の業績改善であり、個々のコンサルタントの方々が行っている経営分析や改善手法を批判したり否定するものではありません。コンサルタントや企業分析を行う広いビジネスマンが数ある手法の一つとして習得いただきたいことです。
中小企業と大企業の財務分析の違い
中小企業は細かく財務分析できる
まず「財務分析・決算書分析」というとどのようなことを思い浮かべますか?まず決算書の分析ですよね。財務三表と呼ばれる、貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書を元にした数値分析が挙ると思います。
項目 | 大企業 | 中小企業 |
---|---|---|
原価明細 | なし | あり |
一般管販明細 | なし | あり |
キャッシュフロー計算書 | あり | なし |
会計監査 | 厳格 | あいまい |
会社と役員との賃借金 | なし | あり |
目的 | 株価の予測 | 企業の価値把握 |
このように上場企業の分析と小規模事業者の分析は前提条件が全く異なります。
しかし世の中にある決算書分析は大企業、上場企業を分析するものになっており、小規模事業者の分析には使えません。
小規模企業はオーナー・社長・社員が一体化している
小規模事業者では株主であるオーナー、代表者、社員がすべて同じ人物であることが多いです。従業員数名の会社では、オーナー社長が100%株主が代表者であり、さらに従業員の先頭に立って現場の仕事をしています。これは株式会社の原則である、所有、経営、執行の分離という理想からは大きく異なりますが、日本の380万事業者のうち350万者は小規模事業者ですから、実に世の85%はこのような特殊形態なのです。
では具体的にこのような小規模事業者をどのように分析すべきか、考えて見ましょう。
オーナーと会社を一体化してみる
BS:役員借入金と役員貸付金をオーナーと相殺する
まずはBS(貸借対照表)の面でオーナーと会社の一体性を見ていきましょう。小規模事業者では、「役員借入金」「役員貸付金」といった費目があります。これは通常オーナー社長が会社との間で発生させているお金の貸し借りです。
役員借入金は「会社がオーナーから借り入れている借金」ですが、100%株主のオーナーが会社に貸し付けているということは、出資と同じことです。通常役員借入金は自己資本と合算して、負債からは除外します。
役員借入金は「会社がオーナーに貸し付けているお金」ですが100%株主のオーナーが「会社からお金を借りている」ということになります。しかしこれは言い換えれば、「役員報酬が足りなくて、会社からお金を引き出した」と見るのが適切でしょう。オーナーがお金がないなら、会社に返還される見込は薄いでしょう。将来役員報酬を積み増して本人から会社に返すしかないので、将来会社としては「役員貸付金」が返ってこないとみるのが相応しいでしょう。そのため、会社決算の自己資本から減額して、資産からは除外します。
PL:オーナーの役員報酬と会社の営業利益を一体化してみる
続いてオーナーと会社が一体であることをPL(損益計算書)から見ていきましょう。
法人の社長は「役員報酬」という費目で会社から給料を貰います。しかし100%オーナー株主にとっては、会社の税引後純利益も、最終的にオーナーの資産となるわけです。その時点で給料で受け取るか、会社に貯めて株式の評価額を上げるか、税効果の関係で受け取れる割合は変わりますが、役員報酬も純利益もオーナー社長にとっては同じ結果といえるでしょう。
私が支援した会社で7人の建設業で営業利益▲900万円、役員報酬900万円という会社がありました。オーナー社長は身体に障害を抱えており、現場で仕事をすることができなかったのです。
小規模事業者では、社長も現場で働き、自分の報酬を自ら稼ぐことが殆どです。その社長が動けなければ自分の報酬を稼げず、そのまま役員報酬分が赤字になるというケースも多くあります。
こう考えると、「役員報酬+営業利益」の金額は一定で、両者の割合はオーナー社長の判断一つで動かせることになります。
バランスシート、損益計算書ともに、このようにオーナー社長と一体化して考えることで決算書は全く違った分析ができるようになっています。
オーナー社長はどのようにPL計画を立てるのか
ではオーナー社長の思考回路・インセンティブに基づいて会社のPLを計画する順番を見てみましょう。
まず、社長は年間の売上から直接経費を引く、または粗利率を掛けて「粗利」を算出します。
粗利はから固定費として「人件費」「経費」を引き「営業利益+役員報酬」を求めます。会社の利益、役員自身の生活費を考慮して、営業利益と役員報酬を決めます。
このように考えると、企業の経営者の頭は付加価値と呼ばれる金額を考えていることがわかります。大きく分けると、売上でお金が入ってきたときに、原材料、外注費、経費など、キャッシュアウトする物を全て除外します。残った物が付加価値です。
付加価値を求める手法は、一般的に営業利益+人件費+減価償却費となります。
しかし、社長の中にはセーフティ共済を使って節税・蓄財したりするケースもあります。そのため、蓄財保険なども必要になります。
そのため、社内に蓄積された付加価値を求めるには、 営業利益+人件費+減価償却費 に加えて、セーフティ共済等の蓄財保険、社長の資産になりうるファイナンスリースの賃借料等も加える必要があります。
この付加価値絶対額を計測することで会社の稼ぐ力を把握するのです。
付加価値で会社の善し悪しを判断する
次に以下の2つの会社を比べて、どちらの会社がよいかを考えて見ましょう。
費目 | A社 | B社 | 備考 |
---|---|---|---|
売上 | 55,000 | 48,000 | |
売上原価 | 27,000 | 20,000 | |
粗利 | 28,000 | 28,000 | |
営業利益 | 2,000 | ▲1,000 |
一般管販明細 | A社 | B社 | 備考 |
---|---|---|---|
役員報酬 | 6,000 | 7,200 | |
給料賃金 | 8,760 | 11,100 | |
法定福利費 | 2,065 | 2,565 | |
家賃 | 2,400 | 1,800 | |
減価償却費 | 1,000 | 1,000 | |
その他経費 | 5,775 | 5,335 | |
一般管販合計 | 26,000 | 29,000 |
このようなA/Bの2社を見た場合、既存の大企業に当てはめているような経営分析では「A社がよい」という結論にしかなりません。A社は売上が高く、営業利益を出しているからです。一般管販の明細を見ても、「A社は人件費を安く抑えられているから利益体質だ」といった判断になってしまうでしょう。
しかし、この2社で付加価値を計算したらどうでしょうか?
費目 | A社 | B社 | 備考 |
---|---|---|---|
営業利益 | 2,000,000 | -1,000,000 | |
給与賃金 | 8,760,000 | 11,100,000 | |
役員報酬 | 6,000,000 | 7,200,000 | |
法定福利費 | 2,065,500 | 2,565,000 | 社員の15% |
減価償却 | 1,000,000 | 1,000,000 | |
付加価値 | 19,825,500 | 20,865,000 |
このように、付加価値額を比較するとB社のほうが大きくなります。なぜでしょうか?これは人件費が多いからです。役員報酬、賃金が高いため、B社は社内に付加価値が多く貯まっています。B社は付加価値の多くを人件費に割り振っているため結果的に営業利益は赤字になっているのです。
労働生産性を見るとさらに差が開く
では次にこの2社の社員別の労働時間を見てみましょう。AB両者の社員労働時間は次のようになっています。
A社労働時間 | 労働時間 | 年間給与 |
---|---|---|
社長 | 2,000H | 6,000,000 |
社員A | 2,000H | 3,000,000 |
社員B | 1,800H | 2,520,000 |
社員C | 1,800H | 2,250,000 |
アルバイト | 900H | 990,000 |
合計 | 8,500H | 14,760,000 |
B社労働時間 | 労働時間 | 年間給与 |
---|---|---|
社長 | 1,800H | 7,200,000 |
社員A | 1,800H | 5,400,000 |
社員B | 1,500H | 4,500,000 |
アルバイト | 800H | 1,200,000 |
合計 | 5,900H | 18,300,000 |
このように両者の総労働時間を見てみると、A社は年間で8,500時間、B社は年間5,900時間となっており、付加価値規模が近いにもかかわらず総労働時間には大きな差があることがわかります。
社員の数が異なるのもありますが、そもそも一人あたりの労働時間も1~2割の差があります。
では両者の付加価値を、この総労働時間で割ってみましょう。
費目 | A社 | B社 | 備考 |
---|---|---|---|
付加価値 | 19,825,500 | 20,865,000 | |
労働時間 | 8,500H | 5,900H | |
生産性 | 2,332 | 3,536 | 円/H |
このように、生産性はA社:2300円/H、B社:3500円/Hとなり大きな差が付きました。
こうしてみるとどのような企業風景が想像されるでしょうか?私にはこういう状況が推察されます。
A社は、そもそも稼ぐ力が弱い。たぶん下請仕事。 商品力、差別化に大いに問題あり。 低賃金労働に依存しており持続可能性の懸念あり。書類が多くIT化が進んでいない
B社は、差別化・独自サービスで高価格設定ができている。社員の能力が高いので、給料も高く払えている。チームワークがよく効率の良い仕事が定着している。決算着地もうまくコントロールしている。
なぜ既存の決算書分析ではB社の良さが表現出来ないのか?
なぜ既存の決算書分析ではB社の良さが表現出来ないのでしょうか?それは資本主義のモデルに原因があります。
資本主義は本来株主が出資者としてお金を拠出し、経営者がそれを事業で運用して出資者に資本を返す、というモデルに立っているからです。
出資者にリスクを取ってもらう事で、事業者のリスクを減らし、経済を回すのが本質なのです。そうなると出資者がリスクを判断できるよう、事業がうまく行われているか「利益」という尺度で見なければ行けません。そのため、「付加価値をどのように使ったか」という観点は抜け落ちており、「付加価値ないで人件費や経費を払い終えたか」ということが重視されるようになってしまいます。この資本モデルができたのは18世紀のイギリスにあった東インド会社からです。東インド会社は、イギリスからアジアまで船で航海し、香辛料を買い付けてヨーロッパに戻ってくるというモデルでした。出資は毎航海で行われており、一度の航海についての成功は一度のリターンで終わってしまいます。
しかし現代は事業を永続しており、また人財の能力や設備の価値が増しています。そのため、付加価値を長期的視点に立って人件費や設備にどう投じるかは経営者にとって重要な問題なのです。そのため短期的な営業利益ということよりも、付加価値をどう振り分けたかが重要なのです。
生産性は中小企業の稼ぐ力を測る重要な指標
そして今回求めた「生産性」という指標は中小企業にとって最も重要な指標なのです。現在、日本の中小企業生産性が大企業のそれより大きく劣っているというのが日本の低賃金に繋がる問題だとして政府でも大きく問題視さられています。ある調査では日本の大企業は1Hあたり6000円に対して、中小企業は3000円という水準が示されています。私の経営支援した感触からみても、2500円/Hというのが恒常的な赤字になっている企業の生産性です。概ね3,000円/Hを切ると厳しく、4,000円/Hならほぼ黒字をキープできています。
このような状況を踏まえて、中小企業の経営支援では以下のような手順で経営改善を行っています。