赤字が多い中小企業
今年も経済産業省が中小企業白書を発表した。中小企業白書は、毎年5月から6月ごろに発行され、全国の約300万社の中小企業事業者について調査した白書である。
一昨年から中小企業白書と、小規模事業白書という二部構成になった。小規模事業白書とは、特に5名以下(製造業は20名以下)の企業、あるいは個人事業主にフォーカスしたレポートである。中小企業の中でも特に小規模事業者はその約90%を締める割合である。
私は、現役の独立した中小企業診断士として中小企業の経営テーマに向き合っているが、霞ヶ関や大企業が考える中小企業の実態と、現場が見る中小企業の実態像が大きくずれていることに違和感を感じている。そのことをある程度まとめたほうがいいと思い、このブログを書くことにした。
大企業も中小企業も小規模事業者も「企業」とか「会社」という観点で見れば同じ器なのであるが、大企業やある程度の規模となった中規模中小企業に求められる経営指標と、小規模企業が目標としている経営指標には実態として大きな開きがあるのだ。
典型的な事例として引っ張り出されるのが「中小企業の7割が赤字」というデータだ。同様のデータは様々なシーンで紹介されており実態もある程度近いのだろう。この情報だけを聞くと、「中小企業は利益率が低いとか、経営能力に乏しい、あるいは支援が必要だ」という一般分析と、事業社側からは「我々は国や大企業に搾取されているからもっと支援が必要だ」という感情的分析である。
株主構成の違い
事実、企業のあるべき姿として、営業利益あるいは純利益を黒字にするというのは大切な指標である。しかし中小企業の実態を見るとそれが必ずしもゴールにならない。
上場している大企業の大半は株主が多くの人や組織に分割して保有している。そのため株主に配当を通じて利益を還元することが必要だ。一方で株主には株価の上昇を通じて利益を還元することもできる。
株価を上昇させるには純利益を多く積み上げた方がよい。配当は株価に対して中立なので、会社に利益を残して株価に寄与する経営結果を作ることにインセンティブがあるのだ。
一方で中小企業の目的とはなんだろうか?それはオーナーの資産増加である。中小企業の大半はオーナー企業である。創業者、あるいはその家族が株式の大半を保有している。逆に言えば小規模企業は外部から資本を調達する必要も無いし、外部から出資して貰うほどの事業では無い場合も多い。
インセンティブは「純利益+役員報酬」
そうなると、オーナーのインセンティブは「営業利益や純利益」ではなく「利益+役員報酬」となるのだ。会社にお金を残すか、役員報酬で自分がもらうかは、本質的に同じ事である。会社に残ったお金は株主のものだから、株主(=自分)にとって利益を最大化するのである。だから大企業も中小企業も「株主の利益を最大化する」という観点は一緒だがその手法が「会社に利益を残して株主に還元する」のか、「会社の利益と役員報酬の両方を通じてどうやって効率よく株主(=自分)に還元するのか」という手段の違いなのだ。
役員報酬は一般のサラリーマンにはなじみがない言葉で、「なんかすごい沢山もらってそう」というイメージがあるかもしれない。実際に零細企業の役員報酬は600~700万円程度が多い。なぜだろうか。役員報酬を増やすと、比例して社会保険料の支出が増える。健康保険料と厚生年金料は概ね役員報酬の15%(2019年現在)徴収される。その後の所得税(約15%)と合わせるとおよそ30%程度の徴収になる。役員報酬が増えれば所得税は累進で税率アップするのでさらに増える。一方で会社に残した経常利益では税率は概ね25%程度である。つまりトータルで見ればやや会社に利益を残した方が有利なのだ。
とはいえ、会社に利益が残りすぎても困る。オーナーの生活費が足りなくなったからと言って会社に余っている現金を勝手に引き出すことはできない。引き出すとそれは役員報酬として課税対象になってしまうからだ。役員報酬は「定期同額報酬制度」があり、年度の初めに一度決めたら基本的には変更できない。
するとどうなるだろうか。役員報酬を低く設定して会社に利益が残りすぎた場合には、翌年度、役員報酬をアップさせてその利益を回収するのだ。最終的にオーナー自身が資金をもっていたほうが経営の自由度は高い。会社が資金難になったらオーナーが現金を差し入れれば良いからだ。当然その年度は会社は赤字に陥る可能性が高いだろう。
このように、大企業と中小企業では株主の構成が違うために「株主利益を最大化」するためのインセンティブが同じでも、その手段と過程が全く異なることがわかるだろう。
このような経営者インセンティブの違いをよく理解した上で中小企業の政策は語られるべきなのだ。オーナー個人の資産と利益をどう確保するかという観点で中小企業の経営を見ると全く違う風景がみえてくる。